日本語学における文章研究の文献の探し方

この資料は私が筑波大学で担当している「応用言語学演習Ⅳ」という科目で使用している資料です。内容は2023年4月21日作成のものに基づいています。

1. 言語研究の具体的な作業

下記はごく大雑把なモデルで実際にはこのチャート通りには進まないが、言語研究にはおおよそ以下のような過程がある。

  • データを見る・発見する
  • テーマ・問題探し
  • 仮説を立てる・予測をする
  • データ収集
  • 仮説の修正・棄却・新しい仮説の設定
  • 考察・まとめ
  • 形にする(レポート・発表・論文)

このような実際の研究プロセスについて詳しく書いてあるものはまだ多くないが、中本敬子・李在鎬(編) (2011)『認知言語学研究の方法 内省・コーパス・実験』、藤村逸子・滝沢直宏(編) (2011)『言語研究の技法 データの収集と分析』などがある。

2. 先行研究はなぜ大事か

先行研究を探し(批判的に)読みまとめるというのは、上記の全てのプロセスに関わってくる重要な作業。

【理由1】学問はみんなで少しずつ積み上げていくもの

仮説をはじめ研究成果は基本的に、すごいものでなくともよい。ただし、ほんの少しでも「新しさ」が求められる。何が「新しい」のかは分野によっても違うが(調査や実験の結果だけでなく、文献の解釈や整理が新しい成果になる場合も)、先行研究を調べないとわからない。

学問では「間違えた」研究も大事な研究。しかし、“きちんとした方法で間違う”ことが重要。きちんとした方法で間違うと、後の人が改善して新たに切り開く可能性が残される

【理由2】いつも一から始めなくてよい

先行研究のおかげで、“途中から”始められるところが学問の良さ(厳しさ)。

3. (文章研究関連の)先行研究の探し方

この授業で言う「文章研究」の対象は、「文字によって表されたある程度の量がある言語表現」と緩く設定していて、方法論は言語学・日本語学に限定している。ただし近接領域も広く取り扱っている。

基本は信頼できる、新しめの文献を探して、その文献リストをたどること。ただし、これが通用しない/うまくいかないテーマも多いし、これだけで網羅するのは困難。また、先行研究にも調査の漏れや、書誌情報の誤記があったりする。

テーマにもよるが、テーマ探しと文献探しは並行的にやるとよい。文献を読むことでテーマややりたいことが明確になることも多いし、検索のために必要なキーワードが手に入ることもある。そうすると、次の文献探しの精度が高まる。

また、文献は複数読む方が効率が良い。なぜかというと、

  • 複数の先行研究に含まれている文献は基本/重要文献であることが多い。
  • 異なる研究者や立場からの評価/取り扱い方を見ることで、一つの文献に対しての理解が深まることがある。
  • 引用や書誌情報の誤りに気付くきっかけになる場合がある。

言語研究の関連文献はGoogle ScholarやCiNii Researchによる文献検索では見つからないものも少なくない(論文集掲載の論文など)。「日本語研究・日本語教育文献データベース(国立国語研究所)」でも探してみると良い。

教員・先輩(院生含む)や友人・知人と文献情報や文献の探し方について情報を共有することも重要なノウハウの一つ。

3.1. 書籍

文章研究にどのような分野・テーマがあるか、基本/関連概念は何か、などと、それぞれの重要/基本文献については下記のものが非常に参考になる。

  • 高崎みどり・立川和美(編) (2010)『ガイドブック文章・談話』ひつじ書房.

広告や電子メディアなどの研究については、ひつじ書房から出ている(今のところ)5部からなる論文集、『メディアとことば』シリーズが様々な分野をカバーしていて貴重。

「1 「マス」メディアのディスコース」「2 組み込まれるオーディエンス」「3 社会を構築することば」「4 現在を読み解くメソドロジー」「5 政治とメディア」となっており、エスノメソドロジー/会話分析、メディアディスコース研究、ジェンダーなど、社会言語学的な論考が多い。

個々のテーマについては、文献解題/文献資料集が出ている場合がある。多くの場合その分野の解説や展望も付いていて有用。

  • ひつじ書房『日本語研究資料集』シリーズ:「指示詞」の巻が刊行
  • いわゆる「講座もの」(例:『朝倉日本語講座』)
  • 研究社『英語学文献解題』シリーズ:「意味論」の一部が語用論もカバー
  • 英語なら、各種 “Handbook of … (e.g. Applied Linguistics, Classroom Discourse and Interaction, Language, Gender, and Sexuality, …)” シリーズ

Webにも研究者がまとめてくれた色々な情報がある。

「文章」だけでなく、「談話」しかタイトルに入っていない書籍でも内容は文章研究(を一部含むもの)だったりするので注意が必要。たとえば下記の文献の分析対象は書き言葉で雑誌研究についての重要な先行研究を含む。

  • メイナード・泉子・K『談話分析の可能性―理論・方法・日本語の表現性―』くろしお出版.

人文系の研究では、関係のなさそうな書籍や論文集でも、とりあえず開いて目次を確認したり、内容をざっと見てみることが重要。思わぬ所に関連する研究が載っていたりする。

3.2. 論文

CiNiiなど検索ツールを用いた網羅的な調査も重要だが、まずは各種学会が刊行している査読付き論文誌に当たる。

3.2.1. 論文誌:日本語研究

  • 日本語の研究』(日本語学会): 日本語に関する通時的研究が多く、文字資料を用いており、資料の取り扱い方などで参考になる論文がある。また、毎年組まれる特集「展望」のカテゴリには「文法」や「語彙」の他に、「研究資料(史的研究、現代)」「文字・表記(史的研究、理論・現代)」「文章・文体(史的研究、理論・現代)」があり、紀要論文も射程に含めているので研究の動向を知るのに良く、重要な文献を発見することができる。
  • 日本語文法』(日本語文法学会):基本的には文法を対象にしているが、最近コーパスを用いた研究も多いので文章研究に関わるものもある。文法関連のテーマであれば、最新の文献リストとして有用な論文も多い。
  • 表現研究』(表現学会):文学研究、修辞論研究の論文も多いが、研究対象が文章であることがほとんどなので、テーマを探すのに良いかもしれない。個々の表現や語彙研究、文法研究が多い印象。国語教育の論文も載ることがある。
  • 社会言語科学』(社会言語科学会):幅広い分野の研究者が集う学会。メディアディスコース研究、会話分析などの研究が載ることがある。発表論文集もある。
  • 社会言語学』(「社会言語学」刊行会):社会言語学、特に差別、マイノリティ、言語権といったトピックに関する研究を多く収める。表記を取り扱った論文が多く、言語教育に関する話題もよく取り上げられる。
  • 計量国語学』(計量国語学会):日本語に関する計量的な研究(コーパス言語学など)を早くから行ってきた学会。語彙や文法に関する論文が多い。
  • 語用論研究』(語用論学会):英語に関する研究論文も多く、日本語の文章研究の論文がそれほど多いわけではないが、ジェンダーの特集があったりする。書評で取り上げられるものに文章研究に関連するものが時々ある。
  • 言語研究』(日本言語学会):文章研究に関する論文の割合は高くないが、語用論や談話分析、コーパス研究の論文の掲載もある。

3.2.2. 論文誌:日本語教育

日本語の作文・ライティングなどに関する言語習得・言語教育系の論文を探すならこの辺りも見てみる。

3.2.3. 論文誌:自然言語処理

基本的には工学系の研究なのでなじみがないと読むのだけで大変だが、どのようなテーマがあるのか見るだけで面白いし、文章研究に関わるテーマ・トピックも多く取り扱われている。

  • 『情報処理学会論文誌/研究報告』(情報処理学会)
  • 『電子情報通信学会論文誌/技術研究報告』(電子情報通信学会)

3.2.4. 商業誌

一般向けとして位置付けられた記事・特集を掲載しているが、研究論文で頻繁に引用される重要な論考も多い。専門的な論文の要約のような記事が載ることもあり、理解の助けになる。

3.2.5. 紀要論文

紀要論文は玉石混淆なので、CiNiiで検索して最初に見つけたPDFファイルをダウンロードできる紀要論文で満足する、といったことはしない(ただしテーマによっては紀要論文しか直接的な重要文献がない、ということもある)。

国内の日本語学関係査読付き論文誌は論文のPDFファイルを公開していないか、一定期間経ってから公開しているところが多い(その期間内に有料でダウンロードできる場合もある)。

紀要論文のPDFファイルがダウンロードできない場合どうするか

  • 筑波大学附属図書館(中央)1Fの紀要コーナーに実物がないか探してみる
  • 筑波大学附属図書館の文献複写サービスを利用する(有料)
  • 『日本語学/国語学/英語学論説資料集』に載っていないか確認する
  • 大学院の研究室や教員が所持していないか聞いてみる。
  • 著者が自身のwebサイトや研究専用SNSで公開していないか調べてみる。

3.2.6. その他

学位論文(博士論文、修士論文、卒業論文)

先行研究について大量に/丁寧にまとめられていることが多く、貴重な文献情報源になることが多い。最近博士論文についてはwebでの公開が義務づけられたが、基本的に手に入れにくい。また、修士論文・卒業論文については公刊扱いでないことも多いので注意。

科研費(科学研究費助成事業)の報告書

Webでは公開されていないものが多く、また図書館にも入らないことも多く、とにかく手に入れにくい。必須文献はあまりないが、萌芽的・挑戦的な研究・報告も多く貴重な情報が載っていることもある。

国際的な論文誌

e-journalの多くは筑波大学が契約しており、無料で読めることが多い。


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